■前回のあらすじ
停滞する現場を変える「特効薬」
という高い壁。私は、独学で構築した自作の
管理アプリを起動した。
Pythonを駆使し、石田営業部長の
「勘」や「武勇伝」を無力化する
圧倒的な可視化ツール。
その覚悟に、冷徹だった副社長は
「俺が受けて立つ」と変革の共闘を誓った。
「ようやく会社が変わる」――。
孤独な戦いに一筋の光が差したと
確信した私は、その直後、現場に漂う
もう一つの深い絶望を目の当たりにする。
■RPAとトイレットペーパー
副社長室の熱気を冷まそうと歩く道すがら、
私は足を止めた。
灰色の工場風景の中で、
それだけが「場違いな白さ」を放っていた。
白いトイレットペーパーを二袋抱えた
人影が、足取り重そうに歩いていた。
それは、最新のデジタル技術で会社を
変えようとしていた私の高揚感を、
一瞬で冷ますほどにアナログな
光景だった。

……小林さん。
それ、どうしたの?

塩川総務課長に
ドラッグストアで
買ってくるように
言われました。

トイレットペーパーぐらい、
ネットで買った方が
楽なんじゃないの?

私もそう思います。
でも、ダメなんだそうです。

えっ!なんで?

そこが一番安い。
俺がそうしてきたから。
だそうです。

なにそれ。

ホントですよ。

ちょっと、ついでで
申し訳ないんだけど
質問してもいい?

いいですよ。

小耳にはさんだんだけど
……小林さん、
会社を辞めたいって話、
本当だよね?

う~ん。
今すぐ辞めたいわけでは
ないですが、そう遠くない
将来にはやめると思います。

荷物おいたら、
ちょっと場所変えて話いい?
10分ほど大丈夫?

大丈夫ですよ。
中が見えるガラス張りの
ミーティングルームに入る。

詳しく聞いてもいい?

急にどうしたんですか?

……小林さん。
実はさ、少しずつだけど
会社を良くしていきたいと
思ってるんだ。

はぁ……。
怪訝そうに、こちらを振り向いた。

まぁ、もう我慢できない
ところもあるので、
なんでも話しますけどね。

形式的なアンケート
じゃなくて、今の現場が
本当はどうなっているのか、
みんなの話を聞きたいと
思ってて。

まずは、
小林さんの正直な気持ちを
聞かせてもらえないかな?

ゆういち課長は、
エンジニアリング課の
人以外で話してるの
あまり見ないから、
興味ないのかと
思ってました。

興味がないというか、
特に総務課や営業管理課の
女性とは必要以上に
話さないようにしている。

えっ!
なんでですか?

私としゃべるより、
1分1秒早く家に帰って
やることがあるだろうと
思うから。

なるほど。
そういう考えだったんですね。

あと特定の人たちと
仲良くするのは
良くないかなと思って。

確かに。
ひいきしてるとか思われるの
面倒ですもんね。

そうなんだよ。

ところで、
何で辞めたいの?

黙っててくださいね。
塩川総務課長が
どうしても無理なんです。

あぁ、やっぱり。
下の名前で呼んでるのとか
さすがに度が過ぎてるな
と思ってた。

そうなんです。
職場で『由美ちゃーーん』は、
さすがにやばいですよ。
……正直、気持ち悪いです

(24歳の彼女にとって、
親世代の男性から職場で
下の名前で呼ばれる
苦痛と恐怖。)

だよね。周りからも
『あれはさすがに……』
っていう声は、
実は私の耳にも届いているんだ。
聞いててずっと違和感があった。

ある日突然、
呼ばなくなりましたけど。

社長に、
『名前呼び、止めさせた方が
いいですよ。』
って伝えたからかな。

そうだったんですね。
ありがとうございます。

私は、若手社員が働きやすい
会社になってほしいと思って
活動をしてるんだけど、
変えてほしいところってある?

……。
ふう、と小林さんは
小さくため息をついた。

ん~、さんざん今まで
言ってきたんですが、
ダメだったので諦めました。

遅いPCは、いつまでたっても
買い換えてくれないのに、
変なイベントに大金使うし
全員強制参加だし。

塩川総務課長は、
気分によって
毎日態度違うし。

RPA勉強しろっていう割に
どこどこのトイレットペーパー
安いから買ってこい。
って言うし。

全体的に古臭いです。

ところで、
RPAのゴールはどこなの?

聞きましたが、
『ただ勉強して。』としか
言われてません。

ゴールが決まってないのに
やるように言われてるの?

そうですよ。
しかも、塩川総務課長は
『俺はアナログ人間だから。』
と言って自分では一切やらないし。

社長に言われたんじゃ
ないですか?

……。
図星を突かれて、苦笑いするしかなかった。

ただ、他の人たちは優しいので
その人たちに愚痴聞いて
もらいながら、
もう少しは頑張ります。

そうなんだ。
話聞かせてくれて
ありがとう。
こうして、10分程度の会話が終わった。
山積みの課題と、根深い病理。
副社長室で感じた熱気は、
夕暮れの冷たい風にかき消され、
私は激しい絶望感を覚えた。
ただ、これが彼女の運命を大きく変える
出来事になるとはまだ気づいていなかった。
■背景情報
<会社情報>
| <社名>架空金属産業株式会社 社員総数50名 | ||
| 営業部営業課 | 機械部品販売 | 営業 8名 |
| 営業部エンジニアリング課 | 機械修理・改造 | 技術者 5名 |
| 営業部営業管理課 | 営業活動の補佐 |
社員 5名 |
| 営業部総務課 | 人事・経理兼務 | 社員 4名 |
| 製造部製造1課 | 機械加工 | 作業者 10名 |
| 製造部製造2課 | 塗装 | 作業者 10名 |
<登場人物>

創業者
82歳
誰にでもいい顔をしたがる

山田社長の息子
製造部責任者
52歳
新しいものが好き

事なかれ主義
66歳
大手企業の元役員

入社4年目の経理
24歳
正論を言わなくなった優等生

入社20年
46歳
エンジニアリング課課長
エンジニアリング課の営業