■前回のあらすじ
『不協和音のプロローグ』
ゆういちは売上の正体を
「見積件数×見積金額×受注率」と定義し、
停滞の要因を「数式の異常」として
切り分ける鉄壁のロジックを展開する。顧客満足を優先し、あえて見積金額を
評価から外す「攻めの管理」に懐疑的だった
経営陣も唸り、導入を即決した。噛み合った議論の音に酔いしれるゆういち。
しかし、その滑らかな回転の裏側で、
組織を揺るがす致命的な「異音」が
混じり始めていることに、
彼はまだ気づいていなかった。
■第6話:称賛の拍手と責任の行方
『……以上が、行動量の計測です。』
言葉が静寂に落ちる。
営業課への提案という最大の山場は越えた。
次は、組織を支える間接部門の番だ。
彼らへの感謝を、形骸化した言葉ではなく
『評価』という名の報酬で伝える。
熱気と困惑が混ざり合う濃密な空気の中、
モニターの青白い光が私の顔を非情に
照らし出す。
画面に、一つの理念が浮かび上がった。

……では次に、
・貢献度の可視化
・報奨による還元
の説明に移ります。

よろしく頼む。

先ほどの行動計測が
営業課の『攻め』の
可視化であるのに対し、
・貢献度の可視化
は、他部門の『守り』の
可視化です。

誰一人として、
評価の枠外には置きません。

営業部にある部門は、
・営業課
・エンジアリング課
・営業管理課
・総務課
の4つでしたね……。

……これらすべてを、
一度に改善できますか?
相談役が、疑念を隠さずに問いかけてくる。

(私も一度にやるのは
無茶だとは思いますよ。
……けど、今の彼らの
評価はあまりに低すぎる。
放置できないんだよな。)

えぇ、なので
営業課以外は、評価指標を
絞り込み、簡略化します。

今まで、指標すらなかった
部門ですからね。
問題が起きれば、すぐに
変更すればいいだけか……。

ええ。まずは欲張らず、
『評価の基準』そのものを、
この会社に根付かせることに
専念したいと考えます。

見積依頼、受発注・
納期の管理など、
営業活動の補佐を
一身に担う営業管理課。

人事や経理も兼務している
総務課もだ。
あそこの目に見えない業務を、
どうやって評価するというんだ?

……。
『見えない』のではなく、
社長がこれまで
『見ようとしなかった』
だけです。

……っ
図星を突かれた人間の、戸惑いと
羞恥が混ざったような表情で
社長が絶句する。

……では、具体的に
なにを評価するんですか?

評価の対象は、
これだけに絞ります。
■貢献度の可視化(評価項目)
・営業課
目標達成率+見積件数+受注率
・エンジニアリング課
労働生産性+技術的貢献度
・営業管理課
納期遅れ・受発注ミスの件数
・総務課
社員満足度・求人面談件数・HP閲覧数

あれこれ追いかけず、
組織の『急所』を、
評価の対象にします

技術的貢献度は、
どう評価するんですか?

技術者へ直接ヒアリング
を行い、『影の功労者』
を選出します。

……たった、それだけか。

しかし、
確かにこれらは、会社の
『今』が詰まってますね。

ええ。
複雑な仕組みは続きません。
まずはこの数値を、
彼らへの『拍手』に変える
ことから始めます。
山田社長が指先で机を叩き、
少し催促するように口を開いた。

いよいよ最後だな。
・報奨による還元
について教えてくれ。

これは、私が一人で
決められる話ではありません。

ですから、
現時点での構想を説明します。
目的は一つ、貢献と成長を
等しく還元する案です。
役職・部門を超えた『公正評価』への再構築案
■MVP(Most Valuable Player)
圧倒的な結果を残した者への公正な報奨。
■MTP(Most Thanks Player)
一定期間で『最も感謝された』上位2名。
■MGP(Most Growth Player)
一定期間で『最も成長した』と認められた者。

MTPは、数字で見えにくい
社員の貢献をすくい上げ、
不満を解消するために。

MGPは、将来性のある若手に
希望を与えるために。
これらは、社員同士の
相互理解も兼ねています。

なるほど。
社員満足度アンケートと
同時に行えば、手間も
かからず一石二鳥ですね。

いい改善案だった。
前向きに進めていこう。

はい。

これで話は、
終わりでいいか?

(なんだ?
早く終わってほしかった
ような言い方だな……。)

以上で、
私の話は終わりです。
全てのロジックを吐き出し終えた
私の声が、壁に跳ね返って消えた。
ようやく自分の番が回ってきたかと
思わせるように、
山田社長がゆっくりと口を開いた。

……よく考えられている。
だが、石田営業部長が
納得してくれなければ
意味がないぞ?

それはどうするつもりだ。

(――始まった。
これが山田社長の悪癖だ。
肝心なところで責任を
部下に転嫁し、
自分は『話のわかる善人』の
ポジションに留まろうとする。)

社長。
最初におっしゃいましたよね。
『説得は私がする。石田営業部長は、
私の言うことは聞く。』と。

確かに、
そう言われてましたね。

石田営業部長が納得するかどうかを、
導入の条件にしないでください。
説得は、社長の役割です。
私ではありません。

……だが、やるのは彼らだ。
現場の意見も尊重したいんだ。

(――尊重、か。
その耳当たりの良い言葉が、
会社を停滞させてきたのに。)

社長。意見を尊重することと、
決定を委ねることは違います。

営業利益率2%未満という
『事実』に対して、現場の
『感情』を優先させるなら、
それは尊重ではなく、
経営の放棄です。

山田社長!!
説得は、あなたに
しかできない役目だ

……確かにそうだな。
分かった。私から説明しよう。

……ただ、ゆういち君。
石田営業部長を納得させる
理由は考えてくれ。
任せたぞ。

(は? この期に及んで、
まだ私に泥を被らせるのか?)
私は、社長の逃げ道を完全に塞ぐべく、
あえて無表情に問い返した。

……分かりました。
私が『納得する理由』を用意すれば、
今度こそ社長の口から、
責任を持って石田営業部長に
説明していただけるんですね?

……。ああ、約束しよう。

(よし、言質は取れた。
あと少しだ。頑張ろう。)
視線を逸らし、虚空を見つめて頷いた社長。
その仮面の下に隠された『本性』を
見落としたことが、のちに私の首を
絞める致命的な一手になるとは、
この時の私は知る由もなかった。
■背景情報
<会社情報>
| <社名>架空金属産業株式会社 社員総数50名 | ||
| 営業部営業課 | 機械部品販売 | 営業 8名 |
| 営業部エンジニアリング課 | 機械修理・改造 | 技術者 5名 |
| 営業部営業管理課 | 営業活動の補佐 |
社員 5名 |
| 営業部総務課 | 人事・経理兼務 | 社員 4名 |
| 製造部製造1課 | 機械加工 | 作業者 10名 |
| 製造部製造2課 | 塗装 | 作業者 10名 |
<登場人物>

創業者
82歳
誰にでもいい顔をしたがる。

事なかれ主義
66歳
大手企業の元役員

入社20年
46歳
エンジニアリング課課長
エンジニアリング課の営業