■前回のあらすじ
『生贄としての抜擢』
社長から世代交代を託された私に
突きつけられたのは、石田営業部長の
説得案を練り上げるという
「汚れ仕事の生贄」の役目だった。
悪者になりたくない社長の不決断により、
組織はもはや修復不可能な「割れた鏡」
のように歪んでいる。私はあえて社長の『優しさ』を形にした
「名誉ある勇退案」を練り上げ、
石田営業部長のプライドを守りつつ
現場を退いていただく道筋をつくる。会社の存続をかけた最後の密談が、
喫茶店の奥まった席で始まった。
■第7話:割れた鏡の組織
喫茶店の奥まった席。
立ち上るコーヒーの湯気が、
やけに白々しい。
目の前の山田社長は、すがるような
視線をこちらに向けていた。
だが、それは未来を語る目ではない。
「自分だけは泥を被りたくない。」
そんな卑怯な本心が、
その瞳の奥に透けて見えた。

『早速だが、どのような
案になったか聞かせてほしい。』

(はぁ……、
自分が悪者になる案を
自分で考える身にも
なってほしい。)

先日聞いた、君の改善案は
進めていこうと思っている。

……石田営業部長を
異動させずに、社長主導で
改善案を進めてもらっても
いいですよ。

私には、
上手く説明できないだろ。
それに、副社長が
世代交代を条件にしている。

副社長がようやく
首を縦に振ったんですから
副社長の意向に沿った方が
いいでしょう。

分かりました……。
では、説明を始めますね。

よろしく頼む。

まず、『事業推進部』
という新しい部署を
設立します。

『事業推進部』ですか……。

その『事業推進部』に
石田営業部長を異動させます。

左遷させるということか?

違います。

長年会社を支えてきた
ベテランの知識と実績を、
次世代の成長に繋げる
ための専門部署として
異動していただきます。

……。
『体よく追い出された』と
捉えられることはないか?

(そう思うなら、自分で
考えればいいじゃないか。)

それは、
社長の伝え方ひとつでは
ないでしょうか。

確かに。
上手く伝えないと
いけないですね。

現場の細かい数字から離れ、
全社の発展を見据えた大局的な
役割を担っていただきます。

これは
『名誉ある特別な役割』
として社長の優しさを
形にできますね。

なるほど。

事業推進部には、
特定ユーザーへのテコ入れを
お願いすると同時に、
当社の顔として外部の会合等にも
積極的に参加していただきたい
と考えています。

急に役割が変わると
周囲もおかしいと
思うからな。それはいい。

その新しい部署は、
同じフロアでいいのか?

『現場の混乱を防ぐための
必須の処置』として、
事業推進部は別室へ
移動していただくのが
最善かと思います。

石田営業部長も
年も年ですからね。
勇退の花道としても悪くない
のではないでしょうか。

……その考え、私とほぼ同じだ。
先輩を大事にしないと
後々、自分に返ってくるからな。

(……どの口がそれを言うのか。
自分で決断する勇気がないから、
私に言わせただけじゃないか。)

(念のため、
釘を刺しておくか……。)

社長。この改革案の成否は
、結局のところ社長の本気度に
かかっています。

分かってる。

管理職は責任が増える分、
当然反発も出るでしょう。
ここで社長が日和れば、
すべてが無駄になります。

そこだけは、
心に留めておいてください。

何度も言わなくても
分かっている。
大丈夫だ。

ゆういち君と石田君が
犬猿の仲なのは、
お互いに問題がある。

(……どの口が言うんだ。
その『お互いの問題』を
数年間、見て見ぬふりをして
放置してきたのは誰だ。)

当然、自分のことが絶対に
正しいと思ってはいません。

謙虚なことはいいことだ。

営業課からエンジニアリング課の
課長になった時、仕事が少なく
技術者同士の仲も悪く
互いの悪口を言い合っていました。

当時は、会議のたびに
互いの欠点を言い合って
いるような惨状でしたからね。

それを放置していたのが、
エンジニアリング課の課長を
兼任していた石田営業部長
だったじゃないですか?

本当にあの時は大変でしたよ。

確かに、あの時は
売却や縮小も視野に
入れていた。

そこを『何とかしたい!』
という一心で頑張りましたよ。


2021年の就任前、
月平均で500千円以下だった
一人当たりの労働生産性を、
2025年には倍以上に
引き上げました。

たしかに、今の
エンジニアリング課には
活気がある。

決して仲がいいわけではないが
建設的な議論が出来る会議が
出来ている。

現場は仕組み一つで、
ここまで変わるんです。

だが、その数字を
『鼻にかけている』と
石田君は言っているぞ。

いやいや、そんなことを
言っている人と
『どうやって仲良くなれ。』
って言うんですか?

……いいか、ゆういち君。
『相手は自分を映す鏡』だ。
君が直すべきところもある。

(きた。いつも最後は原因を
他者に押し付けて終わる。
……だが、今日ばかりは
引き下がれない。)

私と石田部長に限って言えば、
確かにそうかもしれません。

……ですが社長。
今のこの会社全体の
どんよりとした空気。
……これは、誰を映し出した
『鏡』だと思われますか?

「……っ!」

……ゆういち君、
君にも責任があるだろ!!!
社長の声が、静かな店内に響き渡り、
隣の客が、怪訝そうにこちらを見てきた。

私に原因があるのは認めます。
……ですが、私『だけ』
にあるわけではありません。

………………
(激昂したまま固まる)。

(ふぅ。)
私は深く息を吐き、熱くなった頭を冷やした。

(……ふぅ。
ここでこの人を
完全に敵に回すのは、
今の私には得策ではない。
一歩引こう。)

……感情的になりました。
少し言い過ぎました、
失礼しました。

……。
……まあ、君の必死さも
分かっている。
……分かった、石田君の説得は、
私が責任を持ってやろう。

社長。
この改革案の成否は、
結局のところ社長の
本気度にかかっています。

石田営業部長の説得を
よろしくお願いします。

分かった。
約束しよう。

(……そういえば、
まだ、副社長から直接本心を
聞いてなかったな。
そろそろ『条件』の真意を
確かめる時かもしれないな。)
『相手は自分を映す鏡』
上司にそう言われたとき、
あなたならどう返しますか?
■背景情報
<会社情報>
| <社名>架空金属産業株式会社 社員総数50名 | ||
| 営業部営業課 | 機械部品販売 | 営業 8名 |
| 営業部エンジニアリング課 | 機械修理・改造 | 技術者 5名 |
| 営業部営業管理課 | 営業活動の補佐 |
社員 5名 |
| 営業部総務課 | 人事・経理兼務 | 社員 4名 |
| 製造部製造1課 | 機械加工 | 作業者 10名 |
| 製造部製造2課 | 塗装 | 作業者 10名 |
<登場人物>

創業者
82歳
誰にでもいい顔をしたがる。

事なかれ主義
66歳
大手企業の元役員

入社20年
46歳
エンジニアリング課課長
エンジニアリング課の営業