■前回のあらすじ
浅慮の戒めと刻む覚悟
彼女の気持ちを聞くための
たった10分間の情報交換。
私を孤立させたい抵抗勢力からの報復は、
上司二人がかりによる1時間の
「吊るし上げ」だった。
段ボールの陰で震える彼女の声を、
私は一生忘れないだろう。
自分は彼女の味方だと思い込み、
その立ち位置の甘さから彼女を
窮地に追い込んでしまった
自分の浅はかさを悔やんだ。
■老いた正義と『方便』の盾
「力になりたい」なんて、
どの口が言ったのか。
数値を追うことを正義とし、
その影で彼女に向けられる悪意を
予測できなかった。
最悪の結果を招いたのは、
他でもない私の読みの甘さだ。
これこそが、私の「浅慮の極み」。
私は、社長室の重い扉を叩いた。

社長、お忙しいところ
すみません。

少し、耳の痛い話を
させてください。

おぉ、ゆういち君。

穏やかじゃないな。
まぁ、座ってくれ。

実は、総務課の
小林さんが退職したい
と言っていました。

今ならまだ、引き留められる
可能性があると思い、
お話ししに来ました

小林さんは、仕事ができて
明るい優秀な社員だぞ。

それがなぜ、そんな話に
なっているんだ。

じつは、
私は、小林さんが受けた「一時間の説教」
の内容と、彼女が退職を決意した事実を、
あえて淡々と伝えた。
あわせて読みたい:この惨劇に至るまでの軌跡
▼ RPAとトイレットペーパーの矛盾が招く絶望

▼ 若手が絶望するパワハラの正体


原因は、私との10分程度の会話を
『組織の筋を通していない』と、
石田部長と塩川課長が二人がかりで
一時間も吊るし上げたことです。

なかなかの恐怖だったようです。

……吊るし上げ?
そんなはずはない。
二人とも、彼女を指導しようと
しただけじゃないのか?

(おじさん二人がかりで
どんな指導を密室で
するというんだ。)

あれは指導ではありません。
ハラスメントです。

…….。
一旦落ち着こう
彼らにも言い分があるだろう。
社長は、いつものように困ったような、
誰にでもいい顔をする時の弱々しい
笑みを浮かべた。

どんな言い分がある
というんですか?

……。

営業課の若手社員からも
批判が出ていますよ。

その証拠に、この1年で
2名退職した若手社員が
いるでしょ。

あれは、「最終的に家業を
継ぐ。」とか「引っ越すので
距離が遠くなる。」という
理由だったじゃないか。

そんなもの方便に決まっている
じゃないですか。

……方便?
何を言っているんだ。

本人から直接そう聞いたんだぞ。
わざわざ嘘をついてまで辞める
理由なんてないじゃないか。
君は考えすぎだよ。

(はぁ、もう自分にとって
都合のいい情報しか
耳に入らなくなって
いるんだな。)

退職の相談をしに来た
若手社員2人と私と社長の
4人でお昼ご飯食べながら、
現状の問題点を伝えた時が
あったじゃないですか。

おぉ、あったな。

あれも、相談の甲斐なく
何の改善もなかったから
2人とも辞めていった
じゃないですか?

いや、
石田君が直接聞いたときは
不満を言わされたと
言っていたらしいぞ。

(……石田営業部長、社長には
そう報告していたのか。)

いやいや、本人たちが社長の
目の前で言っていたことより、
社長にとって都合の良い話を
信じるんですね。

去っていく人間が、
最後にわざわざ『あなたの
会社のここが腐っている。』
と泥を投げていくと思いますか?

……本当に耳の痛い話だな。
社長はそう言って、
深く椅子にもたれかかり、
あきらめて白状するかのように
口を開いた。

じつは……..。
数年前、ある社員が辞める際、
何度か理由を聞いた時、
「石田部長にはついていけない。」
と最後に漏らしていた社員もいた。

では、なぜその時変えようと
しなかったんですか?

石田君にはその時注意した。
そのあと、変わっただろ。

本気で言ってます?

社長の前でだけ、
殊勝なフリをしてるんじゃ
ないんですか?

何も変わっていないから、
今また同じことが
起きているんじゃ
ないですか?

私の息子の副社長も、
最初は営業部に配属させたが
先輩である石田君からの
いじめがあり、製造部に
異動した経緯がある。

(……。実の息子すら守れず、
加害者である石田部長を
のさばらせてきたのか。)
社長は、手元の書類に視線を落とし、
力なく言った。

では、
どうしたらいいんだ……。

以前、社員全員のヒアリングを
お願いしましたが、
混乱を招くということで
中止になりましたよね。

おぉ、そうだったかな。

(やっぱり、面倒を避けたくて
中止にしていたな。)

なので、
今回は若手社員のみに
社内アンケートを取って、
改善点や不満などを
洗い出した方がいいので
はないですか?

おぉ、それはいいな。
アンケート内容は考えてくれ。
すぐ実施しよう。

(はぁ……またか。)

分かりました。
ただ、内容が私の意見に
偏る可能性があるので、
最終的な内容の確認は
お願いしますね。

おぉ、分かった。

小林さんの件は、
私に任せてくれ。
どうせ、社長の見たいものしか見ずに、
都合よく解釈するんだろう。
そう思いながらも、

お願いします。
と定型文のように回答するしかない
自分に苛立ちと不安を抱えながら
社長室を後にした。
■背景情報
<会社情報>
| <社名>架空金属産業株式会社 社員総数50名 | ||
| 営業部営業課 | 機械部品販売 | 営業 8名 |
| 営業部エンジニアリング課 | 機械修理・改造 | 技術者 5名 |
| 営業部営業管理課 | 営業活動の補佐 |
社員 5名 |
| 営業部総務課 | 人事・経理兼務 | 社員 4名 |
| 製造部製造1課 | 機械加工 | 作業者 10名 |
| 製造部製造2課 | 塗装 | 作業者 10名 |
<登場人物>

創業者
82歳
誰にでもいい顔をしたがる

山田社長の息子
製造部責任者
52歳
新しいものが好き

事なかれ主義
66歳
大手企業の元役員

入社4年目の経理
24歳
正論を言わなくなった優等生

入社20年
46歳
エンジニアリング課課長
エンジニアリング課の営業